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姓名判断・命名改名相性 滝口敬祥運命学研究会門下五福會

幸福は本人の主観

投稿日:2018年5月12日 更新日:

趣味や面白半分で物事に取り組む人の多い現代で、テレビ番組に出演する人達の言行は、多数の人達に及ぼしている影響力は決しておろそかに出来ない程大きいものだということは、当人達は自覚しているだろうか。

由希子
滝口先生著「テレビ放送の影響と真の幸福とは」より。

面白半分に軽々しく名前を扱う人々

昭和三十五年放送の読売テレビ「特ダネ登場」の一場面で自分の子供の名前に「巨人」「大洋」と名付け、もし次に女の子が生まれたら「ロッテ」と名付けると得意気に言った若い父親がいたが、このような実に不真面目な父親の面白半分の言葉が同じ世代の若い父親たちに案外うけて

昭和五十四年度プロ野球セントラルリーグでは、広島東洋カープの優勝は決定的だから、長男が生まれたら「広島」と命名すると真剣に考えた若い父親がいました。

これは、その人の母親のモーレツな反対に合って実現できませんでしたが、結局は東洋と命名しましたが、「このような軽薄な人達の多い世の中になったのは情けない」とその人のお母さんが嘆いていました。

テレビ放送

同じくテレビ放送で「当たるも八卦当たらぬも八卦」の番組で、「貴男は運命学をなぜ信じますか」と司会者の質問に答えた某易者さんが、『「お釈迦様が名は体を現わす」とおっしゃったから』とまったく質問からかけ離れた答えをしたのに対して

司会者も誰もほんとうの事を知らないのか「そうですか、お釈迦様が名は体を現わすと申されたのですか」と真面目な顔で応対していたのには驚いた。司会者は知らなくともまあまあと目をつむるとしても、他の参加した易者さんも知らなかったらしい。

実にこのような馬鹿げた事がまかり通る世の中は不思議に思うと同時に、番組放送の責任者の人たちも事前にもっと何とか出来なかったか残念に思いました。うっかりテレビ出演の易者さんだからと安心してはなりません。

念のために聖人の言葉として紹介すると、孔子は「名は体を現わす」といい、また「必ずや名を正さん」とも述べ、弘法大師は「名は体を拓く」と記し、顔子は「名を以て体を正し字を以て徳を現わす」と述べました。

日蓮上人が自分の名を選定するに当たり「よろづにわたり名は大切なものなり、又日蓮と名乗りたる事について、明らかなる事日月に如かず、清き事蓮華に及ばず、日蓮と名乗ること自解仏乗なるべしと言われた。

このように聖人の言葉をかりるまでもなく、いかに名前は大切であり、不滅の真理であるかを強く認識する必要があります。

と同時に決して面白半分に軽々しく自分の名前を取りあつかってはなりません。自己の姓名を尊重する人に犯罪者はなく、自分の姓名を正す人に汚職など絶対あり得ません。もっと自分を大切にして二度とこの世に生まれて来ない貴重な自分を自覚するためにも自からの姓名を尊重し自からの幸福は言うに及ばず、他の人達も同じように幸福を分かち合うという気持ちは一番重要だと思います。

大自然の恵みに生かされた人間は、東西南北民族の差別なく富貧老若、男女の別なく、四海同胞平等であり、兄弟姉妹であります。

誰でも幸福になる権利があるが世の中は…一体幸福とは何ぞや?

一様に誰でも幸福になる権利があります。

しかし世の中を静観してみると、「あの人が」と、とにかく悪評の高い人が案外順調幸福に恵まれ、また人から仏さんのように慕い思われている人が不幸の人生に終ったり、八十を過ぎた老人が健在であるのに、その孫が年少にして不帰の人となったり、まったく気まぐれで矛盾そのものは運命であり人生であります。

そうして幸福な人より不幸の人の方がはるかに多いのも現実であります。

一体幸福とは何ぞや?と言うことになりますと、幸福は本人の主観でありまして、決して他人があの人は不幸だ、幸福だと客観的に批判すべきものではありません。

しかしいくら本人は自分は幸福だと信じていても、明日の生活に事欠くようではほんとうの意味の幸福ではなく、物質的なものより精神的な幸福を求めると言っても、物的の裏付けがあってはじめて、ほんとうの幸福を得られるのではないだろうか。

戦国時代の武将 山中鹿之助が「我に七難八苦を与えたまえ」と祈ったという話がありますが、今の世の中では無理な事だと思う。

 

姓名の総合的な見解と先天的の運を知ることが必要であります。

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